漢の花道 参

逝くも地獄 戻るも地獄 漢… 儚き生き物よのぅ

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1939・インディギルカ号

1939・インディギルカ号
100123tomamaetyoumingeki.jpg
http://rumoifan.net/towninfo/1001/100123tyoumingek-tomamae.html

遭難
シベリアのマガダンからウラジオストクを目指している途中に暴風雨に巻き込まれ、宗谷岬の位置を見誤ったことから漂流。猿払村の浅瀬に座礁した。猿払村の住民が総出で救出活動にあたり、子供も含め429名の生存者を救出するものの700名以上が死亡したと思われる。なぜか正確な乗客数を把握している乗組員は存在しなかった。

救出後
当時、船長や乗客の説明では、船は漁期を終えた漁業者がカムチャツカ半島から引き上げてくる途中に遭難したというものであったが、乗客の素性や目的等、詳細については詳らかにされなかった。一方、ソ連政府は日本政府に対して、船体を放棄したばかりか遺体の収容は不要という異例の連絡を行っている。救助された乗組員らは、当月中に小樽港から離日、ウラジオストクへ向け帰国していった。

猿払村は、1971年にオホーツク海に面した場所に慰霊碑を建立するなど、事故後も手厚く遭難者の慰霊を行ってきた。ソ連当局は、慰霊碑の建立には協力したものの、冷戦時代に付きものであった派手なプロパガンダはなく、事故に対して比較的冷淡な姿勢を示したことは、長らく事故の詳細と共に謎とされてきた。

謎の解明
ソ連崩壊後の1991年、歴史学者の原暉之は旧ソ連の公文書をひもとき、乗員の多くがコルィマ鉱山などのシベリア地方に点在していた強制収容所(グラグ)からの送還者であり、船自体が政治犯および家族の護送船であったことを導き出している。当時の強制収容者(政治犯)は、ソ連政府として積極的に保護するに値しない国民であったわけである。


明日開演です
波乗りメンバー【謎氏】がアクターとして出演します
多分、木か波か…その辺りの役でしょう
Bana-Gは大道具係りとして参加してます
一体何を作ったのでしょうか?
明日10時に忙しい中を縫って一周忌法要に駆けつけてくれる住職松岡さんも出ます
有難いです
苫前町役場一色男だと俺が信じてやまない島田君も出てます
確か旭川出身です
何よりも…タダです
タダより高い物はない!との諺もありますが、この劇に限ってはそんな心配もいらぬはず
観に来いや~
俺は行けないんだけどね
法要後に会食があり、多分18時30分頃にはベロンベロンだろうしね…

記事が楽しかったらググッ!とひと押し宜しく【煮】
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  1. 2010/01/22(金) 18:56:02|
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